代表挨拶

株式会社アイビア 代表取締役
HISAAKI SUGIURA
 
杉浦央晃
 
はじめまして、株式会社アイビア代表の杉浦央晃と申します。

この度は、弊社ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。

ここまで読んでくれたと言うことは、少なからずホームページを作りたいと思っていらっしゃるかと思います。

いざ作ろうかな・・・と思っても正直怖いですよね。

僕の会社のこともよくわからない、そもそも僕のことも知らない、何をどこまでやってもらえるかもわからない。

後で高額な請求をされるんじやないかと不安、そんな気持ちはよくわかります。

最初は安い見積もりを出すのに、後から沢山のオプションが追加され、気が付いたらすごい価格になってたなんて話しはよくあります。



僕も起業した2009年の時、ホームページ制作をお願いしようと思い、見積もりを取ったところ500万円を超えてて鼻血が出そうになりました。

そんなに高かったら、大手企業しか作れないじゃん、と思ったのを覚えています。

弊社のクライアント様を見ていただければわかりますが、個人事業主様や中小企業様がほとんどです。

もし、数百万もする製作費であれば、ここまでお客様に恵まれなかったと思っています。



今でも100万円以上の製作費が必要な会社は沢山ありますが、ワードプレスの普及により昨今は、30万円~50万円程度で作れる所が増えてきました。

弊社では、サブスク型ホームページ制作が人気で、最低価格は月額9,800円~となっています。

そんなに安くてどこまで作ってくれるのか逆に心配です、と言われたこともあるくらいです。



不安に思うことはあると思いますが、是非一度、僕と直接お話しさせてください。

無理な勧誘は一切しませんし、怪しいと思ったら問答無用にズームを退出していただいてもかまいません。

弊社のホームページが少しでも、あなたのお役にたてたらとっても嬉しく思います。



株式会社アイビア



ここで少しだけ・・・いやちょっぴり長めの僕の話しをさせてください。

僕は、2009年に独立起業しました。

起業するきっかけは、当時3歳だった息子の存在でした。



それまでの僕はサラリーマンとしてバイク屋さんで働いていました。

休みは平日で、朝は息子が起きる前には出社し、息子が寝た後に帰宅するような生活をしていた時です。

平日休みの僕の楽しみは、息子と一緒にお風呂に入ることでした。



そんなある日、息子とお風呂から出て来て僕がカルボナーラを作ったんです。

TVを見ながらケタケタ笑いご飯を食べていると、突然フォークが落ちる音がして振り返りました。

息子を見ると、口から泡を噴いてガクガクと震えて倒れたのです。



僕は咄嗟にアナフィラキシーショックだと感じ、息子を抱きかかえパジャマのまま車に飛び乗りました。

救急車を呼んでいたら間に合わないと感じ、嫁さんに大学病院に電話を入れさせ向かいました。



検査の結果、卵と牛乳によるアレルギーと判明し、点滴を打ってもらい大事には至りませんでした。

調べると、他にも沢山のアレルギー反応が出て、この日を境に息子が食べられる物が限られるようになってしまったのです。

僕が卵アレルギーだったので完全に遺伝です。



ある日、息子は大好きだったバニラアイスが食べられないと、冷蔵庫の前にしゃがんで泣きながら氷をかじっていました。

その姿を見ていても経ってもいられなくなった僕は「まってろ!パパが大好きなアイスを食べさせてやる!」と、翌日にバイク屋に辞表を出しました。

そして、そんな卵や牛乳アレルギーの子どもでも食べれるアイスクリーム屋さんとして独立したのです。



しかし無計画で独立した僕には、お金が全くありませんでしたので、店舗を借りることができません。

そこで、ネットショップでアイスを売ることにしたのです。

しかし残念なことに、僕のネットに対するスキルはメールを打つ程度のひどいものでした。



どこかの会社に依頼してホームページを作ってもらわないと・・・と、見積もりを依頼したのが冒頭でお話しした500万円でした。

好きでやっていたバイク屋の月収は手取り20万円。

東京で結婚して子どもを育てるのもギリギリの生活の中、貯金は全くありません。



もはや自分で作るという選択肢しかありませんでした。

誰でもわかるホームページの作り方・・・そんなタイトルの本を数冊、図書館で借りてきて、1からホームページ制作が始まりました。



実は僕、今でもキーボードはカナ入力しかできません。

当時はワードプレスなんていう便利なツールはありませんでしたので(あったかもしれないけど知らなかった)謎の英語を入力して手作業でホームページを作り始めたのです。

キーボードの英語の配列がわからず、本当に人差し指1本で、aはどこかな・・・bはどこかな・・・と、気の遠くなる作業が続きました。



起業してホームページが完成するまで約10ヵ月かかり、その間で生活費は無くなりカードで借入し、それも底をつき消費者金融にまで手を出していました。

毎日、怖いお兄さんから映画のように「金返せ!」という電話が鳴り響く日々。

ノイローゼとなりながら、やっと完成したホームページ。

「よしここからだ!ホームページが完成すればアイスが売れて借金を返済できる!」

そんな甘い夢はすぐに崩れ去ります。



ホームページが完成しても、1つもアイスが売れないのです。

起業して1年がたち、唯一友人が買ってくれたアイスのセットが3,800円で、利益はたったの600円。

僕の起業一年目の年商は600円となりました。



アイス



借金は大きな金利がプラスされて1,000万円を軽く超え、税理士さんからは傷が広がる前に会社を畳みましょうと言われました。

嫁さんにも「あなたは社長の器ではない」と呆れられてしまいました。

自分の中では出口の見えない真っ暗なトンネルの中にいるような気分になっていた時、さらに不運が重なります。



最愛の息子が原因不明の病気になり入院したのです。

どこの病院でも原因がわからないと言われ、たらい回し状態となりました。

熱は40度から下がらず、何本も点滴を打たれゼェゼェと肩で息をして白目になっている息子。

病院の先生からも最悪な状態を意識してくださいと言われました。



もう仕事なんてどうでもいい・・・息子さえ助かってくれれば俺は何でもする。

入院している病院でも、何度も借金取りの電話がかかってきます。

息子が死んだら保険金で金を返せと言われた時もありました。



嫁さんは泊りで息子に付き添い、僕は毎日夕方に洗濯物を持ち帰り、翌日の朝から病院へ行く、そんな日々が続きました。

食事は喉を通らず、並盛の牛丼は4日でも食べきれないほど衰弱しました。



そして息子の死を覚悟した僕は、実家の親父に電話をしました。

「息子が死ぬかもしれない・・・もし息子が死んだら俺たちも死ぬ予定だ・・・そうなったらごめん」

号泣しながら親父に電話をして真っ暗な部屋でパソコンをつけました。

当たり前ですが、アイスの注文は一件も入っていません。



そんな時、目に入って来た一通のメルマガがありました。

数日前に知人にすすめられて登録したメルマガで、誰が書いているかもわかりませんでした。

そのメルマガの内容は、まるで僕の今を知っているかのような内容でした。

辛いことがあるかもしれないれけど頑張れ!

最後まで諦めちゃダメだ!

なぜか、そんな内容が書かれていました。



僕は誰ともわからないメルマガを読み泣きながら返事を書きました。

今、息子が病気で入院してて、危ない状態なんです。

あなたのメルマガで少し元気が出ました。

ありがとう。

と病んでいた僕は、わけわからないくらい長文を送ってしまったのです。



すると数分後、そのメルマガ配信者から返事がきました。

僕はあなたのことを知りません。

でも、あなたは少しだけ僕のことを知っていると思います。

もし僕を少しでも信じてくれるなら病院を教えてもらえませんか。

と言う内容でした。



もう未来も見えなかった僕は、見ず知らずの人に病院と名前を教えたのです。

きっと、お見舞いのハガキでも送ってくれるのかな・・・その時は、そんな気持ちでした。



翌日、洗濯物を紙袋に入れて病院へ向かう準備をしていた時、嫁さんから電話が入ります。

「全然知らない男の人が来て大きな花束を持ってきた」と。

名前を聞いてもそんな人に心当たりがありません。



急いで病院へ行き、その人の名刺を見ると、昨日メルマガに返信をしたその人だったのです。

そして彼が病院へ来た日、息子の病気が判明し使える薬がわかりました。

息子はみるみる回復し、それから2週間で退院することができたのです。




少し元気になり起き上がれるようになった時の写真。
僕が腕にウルトラマンの絵を書いていました。
そんな息子も二十歳を超えました。




息子が退院後、真っ先に連絡したのがお見舞いに来てくれた彼でした。

彼の会社へ行き、息子へのお礼を伝えた後、仕事の現状を話しアイス屋を止めるべきか相談しました。

すると彼は、ブログを頑張ればアイスは売れるようになると言うのです。

そして近日会社でセミナーをするから来ないかと誘われました。



人生でセミナーに参加した経験もないし、そもそもセミナーに行くお金すらありません。

クローゼットから革ジャンなどを引っ張り出し、近所の質屋へ売りに行きセミナー代を作りました。

僕は彼が息子の命の恩人に思え、最初で最後のつもりでセミナーへ参加したのです。



そこで聞いた内容は目からウロコばかりで、なぜアイスが売れないのか、その答えがはっきりとわかったのです。

そして、その日から3ヵ月、僕は死ぬ気でブログを書き続けました。

僕の人生の中でここまで本気で何かに向かい合うことは初めてだったかもしれません。



そして3ヵ月後、アイスの売り上げは200倍となり会社は倒産の危機から脱したのです。

そこから、アイス屋の他にブログを使った集客コンサルをするようになりました。

ありがたいことにお客様はどんどん増え、僕のコンサルは半年待ちになりました。



借金も返済した後、エンジニアを雇ってメルマガスタンドの開発、ホームページ制作システムの開発がはじまります。

その後、コロナの影響でアイスクリームを作ってくれていた工場が倒産してしまったことで、アイス屋さんは無くなりましたが、起業から10年も続けられました。

現在は、経営コンサル、ホームページ制作、メルマガスタンド事業の他に、カメラマン、名刺、チラシ、企業ロゴのデザインもしています。



弊社のホームページ制作には、僕の経営コンサルが無料で受けられるサービスがあります。

どんな会社もホームページがあれば後は何もいらないなんてことはありません。

会社を軌道に乗せるために、様々な角度からお話しをさせてもらっています。



僕自身が経験した辛かった日々を、あなたには経験してほしくはありません。

今の暮らしがほんの少しでも楽になるようにお手伝いができれは嬉しく思います。



僕は今、家族3人で十分なお金をいただき幸せに暮らせることができています。

年収で何十億稼ぎたいとか、そんな思いは全くありません。

それでは経営者としてはダメなのかもしれませんが、休みもなく働いて家族との時間や趣味の時間もとれないようなら、そんな仕事に魅力はありません。



だからこそ、これからは「あなたの夢を一緒に叶えたい」と思っています。

あなたの夢を叶えるのが僕の夢。

そんな風にビジネスパートナーとして伴走できたら最高に楽しいと思います。

ここまで長文を読んでいただき、ありがとうございました。



株式会社アイビア 代表取締役 杉浦央晃





 

経歴一覧

2009年9月株式会社アイビア設立
2010年8月ネットショップ フルーナスタート
2011年3月コンサルティング事業スタート
2015年2月メルマガスタンドアイーネスタート
2017年1月ホームぺージ制作サービス事業スタート
2018年4月チラシ、名刺デザイン制作事業スタート
2019年1月ロゴデザイン事業スタート
2020年1月写真撮影事業スタート
2022年6月メルマガスタンドアイーネフルリニューアル

プロフィール

ニックネームウルトラ先生(ウルトラマンが好きな事からそう呼ばれるようになった)
性別
誕生日1972年7月10日(実はウルトラマンと同じ誕生日)
血液型O型
出身地愛知県
住んでいる地域東京都
趣味野球・ゴルフ・オートバイ
未既婚既婚者
ブログ代表アメブロ
フェイスブック代表Facebook
エックス代表エックス
インスタグラム代表インスタグラム
ユーチューブ代表ユーチューブ
スレッズ代表スレッズ
スタンドエフエム代表スタンドエフエム

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